2009.07.07kawai.jpg~若気の至り1~

医学部に入学。「人を助けたい」という思いより、「人って何?」人間について最も学べるのが医学部だという考えからの選択でした。確かに人についてばかり。でも、自分ではつなぎきれない断片的な知識が溜まっていく、そんな感じでした。私は人間の何を知りたかったのか?あやふやな状態でした。

 

~若気の至り2~

医学部を卒業。「命をみる」そんな重みと自分とのギャップ。重みを感じるほどに、医者は「自由度がない、私らしさがない」という印象にとらわれていきました。現在、学友の話を聞くとそんなことは全然ないことがわかります。経験、知識、患者への思い。このようなもので医者の行動や勘所は変わる。診断が迅速に正確に出来なければ、ガイドラインがあっても上手く使えない。医者に限らず、どの仕事にも当てはまること。もちろん、オステオパスにも。この時点の私は、自由を求め研究職へ。

 

~若気の至り3~

研究開始。まったくの素人。何も出来ない。知識もない。このような状況では自由があるほうが嘘です。自由があると思ってきた私は、逆に縮こまっていくのでした。それを打開することが出来ず、挫折。私は何がしたいのか?考える時間が必要でした。

 

~淡々と過ごす日々~

検診をする会社に入社。さまざまな会社で働く人と毎日の出会い。そんな中で、耳にする訴えと湧き上がる疑問。「気のせい」「病院へ行っても治らない」「薬を飲むのみ」。本当に治らないのか?対処療法しかないのか?身体にとって本当に必要なことは何なのか?自分に出来ることを模索し始めました。

 

~出会い~

臨床経験を積もう。薬で助かった人は多くいる。否定ばかりしてはいけない。『治らない・気のせいで済まされる』のは、医者個人の問題か現代医学の限界か?生活の指導はどうなされるべきなのか?検診ではその場限りの関係でしたが、連続的な付き合いの中でみさせてもらいたい。動き出そう!そんなときに、オステオパシーと出会いました。

 

~魅かれる~

オステオパシーの何に魅かれたのか?直感的に魅かれた。そう表現するのが一番しっくりします。オステオパシーをただテレビや本の世界で知ったのみの状況でした。私がこれほど魅かれたのは、医学部入学当初に抱いていた「人間とは何か」という根本的な疑問がオステオパシーを学ぶことで、知識と自分の感覚をもとに理解できると感じたからだと思います。会社を退職。臨床へは行かず、オステオパシーの学校への入学を決意。

 

~学んで~

オステオパシーの哲学(考え方)はばらばらになっていた私の知識をゆっくりとつなげて行きました。そうはいっても、つながっていない知識はまだまだあります。つなげるための知識・経験も足りていません。これは一生かかってやっていくことだと思っています。それぐらい人を理解することは面白く、飽きることがない作業です。現代医学の臨床に行ってもそう感じていたかもしれませんが、現在、オステオパシーを志したことに後悔はありません。ただ、医者として尽力していらっしゃる先生方に引け目は感じます。それも、オステオパシーを深めることによりなくなってくれるかなと期待しています。

自分の基準になる軸が定まりました。あとは、追求をしていくだけです。

 

アトラス・オステオパシー学院講師

河合 亜希子